私らのようなプログラマにとって、フレームワークはあまりに当たり前にあるもので、どの言語での開発であれ、フレームワークを使わないということはないというくらい一般的です。
しかし本来の「フレームワーク」は道具そのものよりも、「考え方」「取り組み方」を表すもののようです。
システム制作で使われるフレームワークはその「考え方」を「道具化」したものに過ぎない、と改めて感じています。
今、僕の塾ではJavaを使ったWEBシステムの作り方を教えています。フレームワークは使っていません。
使っていませんが、考え方としてMVCモデルをかなり厳格に導入しており、ある意味フレームワークに則っているとも言えます。
JSPに直接リクエストを投げることを許さず、リクエストを受け付けるのはServletの役目です。つまり、Servletがコントローラの役を果たします。そして、ServletにはHTMLを投げさせません。必ずJSPを呼び出します。
DBとのデータのやり取りは全てbeanに委ねます。
ここらあたりは、CodeIgniterやFuelPHPの考え方が染み付いていて、それをJavaでも模擬しているような格好です。
つまり、道具としてフレームワークを使わなくてもフレームワークの考え方で整理された作り方ができるということです。
実際のフレームワークはそこにさらにあらゆる道具立てを用意してよりコーディングを楽にする工夫がなされています。
(中には「意味ないなぁ」と感じるような道具も見かけますけど。)
あらためてこの本を読むと「毎日の行動にフレームワークを導入する」ことを提案しているのだな、と読み取れました。
プログラムのMVCモデルのように、生活にもフレームを設けることでより効率の良い時間の使い方ができるよう縛りを設ける、という考え方です。
フレームワークを単なる道具として見ていた自分にとって、実はもっと広い意味があることを改めて知りました。
そりゃそうですよね。フレームワークって別にIT用語でもないですよね。
フレームを使って自分の一日の行動を「整理」しろと言っている。行動を「他者との関わりでやらねばならぬ」事と、「純粋に自分のためにやる」事に分けろと言っている。
そして、出来るだけ「自分のためにやる」行動に多くの時間を使えるように工夫しろと言っている。
その工夫を進めるためにノートを使えと言っている。
まさに「フレームワーク」そのものだなと、思いました。
自分の人生を「プログラム」するって感じですかね。。
こうやって書くと堅苦しいですけどね。
実は「気持ちよく生きる」ための指南書なんですよね。
で、この手の本が人気があるのはそれだけ「気持ちよく生きる」ことが出来ていなくて、模索する人が多いということに他なりません。
ま、自分もその一人なんですが。
自分の行動を思い通りに出来るとやはり気持ちいいものですよ。確かに。
こういう本はそういう視点で読む方が楽しいですね。
特に、すごく目新しいことが書かれているという訳でもないのですが、語り口ですかね、説得力あります。